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神と共にある日本人の心

現在、信仰心を持つ日本人は少ないように思いますが、皆さんは何か信仰されていますか?

日本には、神道があります。

神道(しんとう)は、日本の宗教であり、心でもある。

教典や具体的な教えはなく、開祖もおらず、神話、八百万の神、自然や自然現象などにもとづく多神教。

自然と神とは一体として認識され、神と人間を結ぶ具体的作法が祭祀であり、その祭祀を行う場所が神社であり、聖域とされた。

ウィキペディアより

森羅万象を神々の体現だと受け止める「惟神の道(かんながらのみち、神と共にあるの意)」と言われる神道。

教祖や創始者はなく、『古事記』や『日本書紀』を始めとした古典の書が神道の聖典となります。

神の存在を信じる信じないは別として、日本人として『古事記』は読むと面白いと思います。

今年年初にカタカムナを知ったことから日本のルーツに興味を持ち始めました。

カタカムナから次々連鎖が広がり、この年の瀬に出会った本が『小桜姫物語』

魂に響く本でした。

ネットで調べてみると、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんもオススメしている本のようです。

私は、アマゾンの無料電子書籍を読んだのですが、『霊界通信 小桜姫物語』というサイトでも読めます。

興味のある人なら一気に読み終えると思います。

ただ、先に『古事記』を読んだ方が、神様の名前が少し理解できてより親しみやすいかもしれません。

物語の主人公、小桜姫ゆかりの土地、三浦半島には、諸磯神明社(小桜姫神社)があり、江原啓之さんは実際にこの神社を訪れたようです。

死後の世界の興味深い話ばかりで、ぜひ読んでいただきたい本の一つです。

読了後は、ちょっと生き方が変わるかもしれませんよ 😉

本の内容を信じればの話ですが(笑)

戦後、西洋の文化が入ってきたことで、日本人は日本の心を失いつつある昨今。

私もその一人でしたが、今年は、改めて日本人であることを誇りに思った年になりました。

来年は、天皇が代わり新しい元号になります。

日本が大きく変わる節目に、私自身も日本人の魂を思い出す年にしたいと思っています。

『小桜姫物語』は、主に死後の世界のことが書かれてある本です。

読みながら、ふと思い出したのが、丹波哲郎さんのこと 😆

当時は、丹波哲郎さんの発言を笑い飛ばしていましたが、反省しきりです。

丹波哲郎さんも間違いなく『小桜姫物語』を読んだのでしょう。

小桜姫神社

 

信仰心こそが自分自身を癒す力

最近、信仰を持っている人は必ず救われる、と確信を持っています。

言い換えると〝信じるものは救われる〟です。

重要なのは、信仰心を持つことで、自分の心が平静で穏やかになることができるかどうかです。

周囲から見てたとえそれが洗脳だと思われても、本人が幸せな気持ちになり、心が穏やかになる良い洗脳であれば、吉(良し)でしょう。

基本的に「〇〇しなければ信者になれない」といった条件があるものは洗脳だと思います。

オウム真理教やアルカイダのように、道徳的に反したことをしなければ得られない信仰心は、悪い洗脳の典型です。

〇〇しなければ信者ではない、という恐怖を植えつけられています。

聞いた話では、アルカイダなどは自爆テロを起こすことで、死後の世界の幸せが約束されていると教え込まれているようです。

が、信仰は、現世の心の平静が得られなければ全く意味がありませんので、そこには何の救いもありません。

なぜなら、死後の世界の心の状態は、現世の心の状態がそのまま引き継がれるからです。

『小桜姫物語』を読むと、このことがとてもよく理解できます。

現世でもがき苦しんでいる人は、必ず死後の世界も全く同じ苦しい状態です。

だから、死ぬまでに心の整理をし、悩みも全て解決し、今世に何も思い残すことなく最期を迎えるのが理想です。

心の整理のお手伝いをするのが、信仰心です。

信仰心や祈りは、心を癒す助けになり自分自身を救います。

信仰心を持つために必ず何かの宗教団体に属さないといけない、ということは全くありません。

神様だと思える教祖的存在の人がいれば、その人を教祖に見たてて慕い、祈りを捧げることができればOKです。

教祖がキリストやブッダのような神の化身と言われる人でも、現人神と言われる天皇でも、あるいは現存の人物であっても全く関係はありません。

誰に強制されたわけでもなく、自分にとって不動の神が存在していて、その神によって幸せな気持ちになれることが重要です。

私が一番凄いな〜と感じているのは「郷ひろみ」信者です(笑)

郷ひろみファンクラブは、立派な一つの宗教団体とも言えると思います。

日本には多くの宗教法人がありますので、ご縁があればどこかの宗教法人に所属するのもよいかもしれません。

宗教法人に属することで、祈りが習慣化できますし、同じ宗教の仲間ができるからです。

職場や学校など決まった人間関係以外の人との繋がりは、新たな経験を生み出すキッカケにもなります。

 

私たちの永遠の仕事は魂を向上させること

ネタバレで申し訳ないのですが、『小桜姫物語』によると・・・

こちらの世界で何よりも大切な修行というのは精神の統一で、精神統一以外にほとんど何もないと言える。

一心不乱に神様を念じ、神様と自分とを一体にまとめてしまって、他の一切の雑念妄想を払いのける。

なんだか、これって瞑想?

祈りとも言えますね。

これは、現世に残してきた思いが膨大なほど、辛い修行になるようです。

私たちは魂を成長させるためにこの世で色々な体験をすると言われていますが、死んでからもなお魂の向上のために修行を続けているんですね。

肉体がなくなっただけで、魂は永遠に修行をしているのです。

それならやはり、生きている間に瞑想や祈りを習慣にしていると、死後の世界ではきっと良いことがあるはず! 😆

ここ1ヶ月毎日、日月神示の祝詞を唱えていたので、『小桜姫物語』との出会いは必然だったんだなと改めて思います。

ところで、私が幾ら「目に見えないものの大切さ」を伝えても、以前の私のように「ふ〜ん」程度で終わる人も大勢いるわけです。

ある事象について話を聞いても腑に落ちない(理解できない、興味がない)のは、自身の魂がまだその事を受け入れる準備ができていないということです。

ある事象に対してその人が理解できる器を持ち合わせていなければ、いくら簡単に説明しても到底理解はできないということです。

誤解しないで欲しいのは、これは学校の勉強ができるできないということではないです。

魂が成長過程であり、精神が十分に向上出来ていないという意味です。

私が理解している魂の成長とは、感情のコントロールのことだと思っています。

〝怒り〟の感情を愛に変換できるようになった時、魂は一気に成長します。

怒りだけでなく、妬み、嫉み、恨みなどの感情も祓う必要があります。

究極は〝許し〟です。

魂が成長していくと、どんなことに対しても、何の説明を受けなくとも自然に内から理解出来ている自分に気が付いていきます。

魂が向上して第六感(心眼)が開くようになったということだと思うのです。

私が、死後の世界や輪廻転生を信じることができるようになったは50歳の時。

遅すぎる気付きですよね〜現在魂の修行中です(笑)

いずれにしても、私たちの永遠の仕事が魂を向上させることなら、やはり瞑想や祈りは続けようと改めて思いました。

 

究極の癒しとは

究極の癒しとは、現世での執着を全て捨てて、あの世へ旅立つことです。

特に重要なのは、最期の時(死に際)の心の状態。

延命措置などの医療介入は自然に反しているので、できれば避けたいものです。

死に際に「辛い経験も楽しい経験も全て良い思い出。悔いのないいい人生だったな〜ありがとう。」と思えることが最高の幸せです。

亡くなる時の顔の表情が穏やかであることが、一番望ましいですね。

心が安らかな状態でなくなったということは、あの世で穏やかに目覚めているでしょう。

そのためには、見送る側も心がけが必要です。

最期の言葉はやはり「ありがとう」

亡くなった後、いつまでも家族が落ち込んでいると、亡くなった方が浮かばれないというのは本当の話だと思います。

見送る側、見送られる側、共に穏やかに最期を過ごせるといいですね。

信じられないかもしれませんが、本当に心底穏やかな気持ちで亡くなると、死後硬直や体温低下という物理的現象が起こりません。

これこそが、究極の〝信じる心は救われる〟に値するかもしれません。

死後もなお、心(魂)の状態が体の細胞に影響しているということです。

体温低下がないということは、腐敗もないということです。

俄かには信じられないかもしれませんが、実際に世界ではこう言った事例があります。

こういった人体のシステムに興味のある方は、ルドルフ・シュタイナーの本を読めば多少は理解ができるかもしれません。

シュタイナーの本は多数あり、どれもみな少々難解です。

初心者向けの本を一冊ご紹介しておきます。

 

それでは皆さま、良い新年をお迎えください。